博士課程の現実

文科系大学院博士課程からの報告


お問い合わせ
東京校 03-3533-6005
山梨校 055-222-2577


「末は博士か大臣か」とは、前途有望の象徴であり、立身出世の換言であった。しかし、この文言は、現代の人々の心にどの程度活き、また社会的に認知されているのであろうか。ここでは、現代の文科系博士課程からの現況報告をする。


文科系大学院の博士課程へ進学することは、後戻りできぬ人生への決意と、自己の学才に対する強烈な自負が必要であろう。選択した専攻分野の学問的発展に対する一つの使命感のようなものが要求されると言ってもよいかもしれない。ある著名な人文系の学者は、人類文化史のなかで、自分の業績の位置がある程度推測できたので博士課程への進学を決意したとも言っている。こちらは学問上の顕著な成功例であるので、一般的には少し違う視点から解説した方がよいかも知れない。


一般例としての博士課程進学とは、具体的にはどういうことか。技術的に言えば、博士課程へ進学するということは、数年(通常三年)かけて博士論文を書く、ということである。博士論文は、世界でまだ誰も知らなかったことを明らかにする内容でなければならない。つまり、専攻分野における世界の最先端の学問的発見や知見を発表する、ということである。それゆえに、博士論文は、国立国会図書館や母校の図書館に所蔵され、あらゆる人に閲覧可能な文献となる。もちろん、それに見合った内容が求められる、ということだ。枚数にとくに規定はないが、400字詰原稿用紙換算で、1000枚を越す大著を書く人が少なくない。出版社が気に入り、そのまま出版された文芸評論家のケースもある。


言うまでもなく枚数が多いこと自体は美徳ではない。理系論文の話になるが、James Denwey Watsonという24歳の青年は、1952年に最初の論文を執筆した。1953年に完成した論文の刷り上りは、わずか1ページであった。科学誌「ネイチャー」に発表されたその短い論文は、後に20世紀最大の影響力を賦与した論文と称賛されるようになる。この論文とは、分子生物学発足のマイルストーンであるDNA二重らせんモデルを提唱した論文であり、James Denwey Watsonとはワトソンクリックモデルのワトソンその人である。


つまり秀逸な論文とは、テーマ(論証課題)自体にオリジナリティがあること(上記の例は極めて秀逸なオリジナリティ)、論理構成が明確であること、論証に使用される資料が的確であること、簡潔な文章表現などが、総合的に要求される。テーマにオリジナリティを持たせるには、専攻分野の研究史を丹念に勉強することが、第一の要件である。何が今まで研究されており、何がまだ足りないのか、という点を明確にしなければ、自らのテーマのオリジナリティは分からない。逆に研究史に精通すれば、問題点が浮上しうるとも言える。


だが、単に研究史のなかで研究されていないテーマであればよい、というものではない。アクチュアルな重要性もまた、必要となる。それを明らかにすることがなぜ必要なのか、という点が説明されなければならない。そして、説得力あるかたちで、それが提示されなければならない。そのためには、聞きかじった問題をうわべだけで語るのではなく、生活実感、現代社会への自らの立場、自らの信念にもとづく力のある議論ができなければならない。これがもう一つの要件である。


当然、そのような論文を書くことは、たやすいことではない。よほどの明確な方針や信念がなければ、容易に方向性を見失う。日本の大学では、とくにそうである。博士課程に進学した学生が数年で博士論文を書き、博士号を取得する、という制度自体、日本ではそれほど新しいものではない。文系諸学科では伝統的に、博士号とは、長年研究を蓄積された著名な研究者に対し、いわば名誉称号として与えられるもの、という性格が強かった。


それゆえに、博士課程に属する院生への博士号の授与というシステム自体、いまだに明確に確立したものとはなっていない。日本の大学に国際競争力をもたせるために、強力に博士号授与政策を推進した結果、近年ようやく博士号をとることが博士課程の院生の義務と認識されつつあるにすぎない。大学院の教員が誰も博士号をもっていない、という事態もごく普通に見られる。そういった背景もあって、欧米の大学と比べると、博士論文をどう作成していくのか、という段階を追った指導体制は確立されておらず、その日程ははるかに漠然としたものとしてしか提示されない。つまり、博士論文完成までの道筋は、まったく手探り状態で独自に切り開く必要がある、ということだ。


まずは、いい視点を探し出すことだ。そのためには、自分を振り返って、自らが何を社会で訴えたいかを考えることから始めるべきであろう。その際に、あまりに大きな漠然とした問題にいきなり飛躍したり、自己を過大評価したりしないほうがいい。小さなことであったとしても、自分の感覚に合致する問題に取り組む方が、議論は力を持ちうる。ただし、あまりに個人的なことであって、so what?(だから、何?)と言われるようでは困る。一定の社会性がなければ、人は納得しない。そして、十分に先行研究を踏まえていなければ、専門人は納得しない。確信をもったテーマとそれを議論するためのいい切り口が見つかったら、それを専攻分野のルールに則って、表現する方法を見つけなければならない。つまり、論文を書くという作業のことだ。博士論文のような大規模な論文はいきなり書けるものでもなく、そうするべきでもない。多くの専門的な雑誌に論文を投稿し、発表していくことの積み重ねの中で、博士論文の全体像は見えてくるものだ。雑誌には、査読制度(複数の専門家と編集部による審査)がある専門誌と、通常の紀要がある。紀要は、研究の中間段階の報告や、データ整理のための論文の掲載などには適しているが、査読制度のある雑誌に発表することが目標である。学者としてのキャリアを積むということを考えた場合も、査読制度のある雑誌への論文の掲載は、高い評価が得られる。


こうした専門誌へ投稿しうる論文を書くためには、専攻分野での学問のルールを知らねばならない。大学でのゼミは、それを訓練する重要な場である。指導教官のゼミは、週に一度程度であるが、その他にも興味がある、専門に近い教官のゼミには積極的に出席するのもよいだろう。もちろん、複数の学会にも出席しておくことも必要だ。博士課程に入ったら、学会で研究発表を行うのは当然の義務である。


他大学の専門家からの意見を多く聞ける重要な場でもある。自分が発表しない場合でも、できる限り多くの発表を聞きに行くとよいし、質疑応答で発言することもまた、学会への重要な参加の方法である。興味をもった発表者には、積極的に話をしに行き、情報交換もするとよい。学会には、例会や勉強会などのより小規模な定例会を催しているところもある。こうした場も、勉強になるのはもちろんのこと、多くの人と知り合いになれるよい機会だ。こうしたことはすべて、よい論文を作成していくための訓練や助けとなるであろう。


学会参加の問題に関して、二点付言しておこう。一つは、言語の問題である。最近は、外国から専門家を呼ぶことがしばしばある。学問自体が国際化し、英語を中心とする外国語での論文・研究発表の機会も多くなった。日本で行われる学会であっても、国際学会として英語主体で行われる場合も少なくない。博士課程に進学するのであれば、英語や専攻分野で必要となる言語に習熟していることは必須条件であるが、コミュニケーション能力・プレゼンテーション能力も重要となる。読むことはできるが、聞く・話すの方は少し自信がない、という人は多いかもしれないが、重要なのは、積極的な姿勢である。


文法や発音などの細かい点も重要だが、何よりも、臆せずに話をしてみる・書いてみる姿勢が求められる。重要なのは、論じる内容であって、内容がしっかりしていれば、外国の専門家は真摯に耳を傾けてくれる。二つめは、人間関係の問題だ。学会参加を始めると、他大学の専門家や院生との交流も広がり、手伝いの仕事も増える。学者の世界とは、言わばギルド社会であって、人脈がものをいうところがある(それは、どの業界でも同じであろうが)。そういうなかで、人とのつながりをしっかり構築しておくことは、自らの勉強の助けにもなるし、社会勉強にもなる。もちろん、将来の人事に影響を与えることにもなろう。ただし、最後はその人に何ができるか、という実力の問題である。よい人とめぐり会えるかどうかは、自分が何をしてきたかにかかっている、という点は、言うまでもないことだが、忘れてはならないことだ。


このようにして、個々の論文を発表していくことで、博士論文への道筋をつけていく、これが博士課程在籍者の学問生活である。だが、先にも触れたとおり、博士号を取得することがはたして何を意味するのか、ということに関する社会的なコンセンサスはいまだに構築されていない。もちろん今後は、大学教員への就職の道を模索する者にとっては、博士号の取得は必須条件となっていくであろう。ただし、十分条件であるとは言えない。少子化による大学業界自体の縮小傾向に加え、国立大学独立行政法人化以降、とくに文系学問に関しては、ポストの削減へと進む可能性がある。


欧米では、大学教員以外の就職の道も十分に開けるという意味で、博士号が社会において一定の資格の意味を有するが、日本ではまだそこまでは至っていない。そのためには、博士号取得者が社会において業績をあげることで、社会を納得させていく作業が必要であろう。このことは、時間のかかる作業である。


また、博士課程在籍という身分自体、社会的にそれほど高い評価は得られない、ということは覚悟せねばならない。文系でも、修士号の取得は近年、一定のキャリアとして認知されつつある。修士号を取得することで得られる就職先は多くなった。したがって、修士課程に在籍することは、ある程度の評価が得られる。専門的な職種に就職するための過程として許容されうる。しかし博士課程に在籍することは、社会的には遥かに奇異なことである。博士課程在籍者は、学者の世界では一人の若手研究員とみなされるが、給与が与えられるわけではない。


したがって、社会ではあくまで「学生」である。「学生」にしては年をとりすぎているし、博士号を取得して何になるのか、という疑問は常に突きつけられる。働くべき年代で、いまだに「学生」=働いていない、というのは、なかなか理解されないものだ。博士課程在籍者の生活は、一般の人から見れば、えたいが知れないとも受け取られる節もなきにしもあらずであるから、なおさらである。


家族との軋轢が生じるケースも有りうる。このような状況にあって、まずは、学問に対する強烈な自負心と愛情が必要であろう。自らの研究、ないしは専攻分野が社会にとって有益である、という強靱な確信が必要である。冒頭に掲げた人類史の中に自らを位置付けるとは、学問を継続する者にとり決して大げさな思想ではないことが、ここまで読まれた方には了解されよう。博士号を獲得するための明確なヴィジョンを、早くからもち、決して揺るがないことである。


もちろん、定職・定収入がない、ということは不安なことだ。このような社会的な評価や将来への不安感、安定性の欠如という問題とともに、あるいは、それに付随して、金銭的な問題にももちろん、苦労が伴う。ただ、方法はいくつかある。アルバイトを見つけることはもちろんだが、その他にも、いくつかの制度が存在する。公的な制度としては、学費免除・減額・猶予の制度がある。ただし昨今は条件が厳しく、学業優秀であっても、家族の総所得額が一定基準以下でなければ、審査は通らない。奨学金としてもっとも大規模なものは、日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金制度であろう。学業優秀と認められれば、無利息の第一種奨学金(月額121,000円)が得られる。この制度に関しては、家計収入基準はそれほど厳しくはなく、成績が重要な評価基準となっているように思われる。


その他にも、0.5〜3%の利子で奨学金を受けられる第二種奨学金制度もある。両者はともに貸与の奨学金であり、卒業ないしは退学にともなって、ただちに返還義務が生じる。しかし、第一種奨学金制度に関しては、卒業後一定期間内に教育・研究職に就き、一定期間従事した場合は、返還が免除されるという返還免除制度もある。さらに、一定の業績があり、研究内容が有益であると認められた場合は、日本学術振興会の特別研究員に採用される場合もある。この場合は、研究費付きで給与が得られるため、競争率はかなり高い。修士の段階で申請して通れば、博士課程一年から給与が得られるが(日本学術振興会特別研究員DC1:月額200,000、研究費年額1,500,000以内)、博士課程に入ってからでも申請できる(DC2:条件はDC1に同じ)。


さらに、博士号を取得した者または博士号を近く取得する見込みの者を対象とする、特別研究員PD制度もある。この場合は、月額364,000円が三年間にわたって支給される(研究費年額1,500,000以内)。その他にも、各種の奨学金制度(貸与・給与)がある。情報を集め、積極的に応募する必要があろう。海外留学を対象とする奨学金や給与も数多く存在する。各国政府や日本政府、各種団体が主催している多くの制度があるので、しっかりとした準備をすれば、ある程度の金銭的補助を得られる可能性は十分にある。こうした応募に際しても、重要となるのは、自分の研究をしっかりとアピールしていく姿勢だ。


博士課程への進学を希望する者は、覚悟と自信が必要である、と冒頭で述べた。博士論文のみならず、個々の雑誌論文を発表するということは、個人の名において不特定多数の社会に向けて発言をする、ということである。このことには、大きな責任が伴う。何を言うのか、が重要であるとともに、それが正しいと納得されるだけの十分なバックグラウンドがなければならない。繰り返しになるが、専攻分野の先行研究を丹念に勉強すること、学問のルールに則っていること、自らの信条に合致していること、等々が重要だ。そして何よりも、ただ一人で、学会に、広い読者層に、そして社会に向けて発言する、その覚悟と自信が必要である、ということだ。それとともに、そうした覚悟と自信をより強固なものへと育むところが、博士課程という場の理想的なあり方とも言えよう。

お問い合わせ

東京校 03-3533-6005
山梨校 055-222-2577